突然始まる「大人にとってまったく面白くないアニメを繰り返し延々観る」という苦行から何かを学んでいくブログですが、行列のできる法律相談所ばりに脱線率が高いです

管理人とアンパンマン

こんにちは。
「子供に付き合って観るアンパンマン苦行」ブログ管理人のsayoです。

25歳で結婚、29歳で長女を出産、34歳で次女を出産しました。

もう役目は終わっただろう、と思って、産褥ショーツを処分しようとしたところ、夫が「いや、もうちょっと待ってくれ」と、まさかの実質「3人目行っちゃう?」宣言。

子育て苦痛なんだよなあ。
そもそも子供が苦手なんだよなあ。

とはいえ、ピシャッと「もう嫌」とは言えない性格のあたし。

そもそも子育て期間をなるべく短くしたいと思っていたのに、思いの外、1人目と2人目の間が空いてしまった。

この上、3人目となると、この苦行は何年続くのだろう?

しかし幸いなことに、子供というのはほぼ例外なく、母親のことを好いてくれるので、これは非常に助かる。

こっちが苦手だろうがおかまいなしにかまってくるので、受け身で相手していればなんとか間は持つものである。

よく、親の愛は無償というが、果たしてそうだろうか?

母親のあたしは「たまには1人になりたい」とたまにではなくしょっちゅう口にするが、娘たちはいつでもあたしのことを好いていてくれる。

いつも変わらない無償の愛を受けているのは、実は母親のあたしの方なのだ。求められるという形だけれど。

この究極のモテ期は、子供がちょうどアンパンマン信者である1歳〜3歳の時期と重なる。

アンパンマン。
改めて観ると、なんとも平和なアニメである。

続きが気になる事もない。
どの回からでも見られるし、どの回から抜けてもいい。 その時の乳児だけを取り込んで、来るもの拒まず去るもの追わず。

きっとファンである子供たちは、内容を覚えたまま大人になることはないだろう。
アンパンマンが好きだったことすら、いつか忘れてしまうだろう。

これはアンパンマンだけの話ではない。

きっと娘たちは、ママにべったりだった記憶も必ず忘れていくだろう。

あたし自身、自分の母親への甘えの感情はほとんど思い出せない。でも例外なく甘えてくっついてまわっていたはずだ。

アンパンマンも忘れられる。
母親も忘れられる。

つまり、「ダサい、つまらない」と言って観てるアンパンマンこそが、実はあたしたち母親と同じ立場の同志なのだ。

さあ今日も、お腹が空いた我が子の腹を満たすため、乳を出し、台所に立ち、黙々と片付けをしよう。助けて!と言われれば飛んで行き、助けてと言われなくても段差や交差点では身を挺して我が子を守ろう。我が子がバイキンにやられたら乳児医療証を持って病院に行こう。

アンパンマン、あなたはダサくなんかない。
ダサいなんて思って悪かった。

ダサいアンパンマンは、顔洗う暇も惜しく子育てしてるカッコ悪いあたしと、実は同じなんだね。

「アンパンマンは君さ

ほら きらめくよ

君は優しいヒーローさ」

先輩ママたちは言う、

「あの頃が一番楽しかった!」

きっと真実なんだろう。
人生の思い出の中で、子供と過ごす日々はきっと一番きらめいている。

今は辛い苦行でも、いつか思い返すときは、今のあたしはきっと、アンパンマンのような「優しいヒーロー」に違いない。

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