アンパンマンが暴力的でも救ってもらいたいときはある

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あたしは今、精神的にまいっている。

ストレスが溜まっている。

原因は、仕事だったり親戚との関係だったり、

今後の収入についてだったり、ママ友とのやりとりだったり。

もちろん育児ストレスも慢性的なものになっている。

 

子供はそんな母親にはお構いなし。

今日も朝からアンパンマンだ。

 

 

実はここ2日ばかり、

アンパンマンのパズルやらブロックラボやらでは遊んでいたが、

テレビのアンパンマンは特に見たがらず。

このままテレビに頼らない育児ができるかと思ったが、

やはりただの偶然だったようだ。

 

朝忙しいのに、「ロールパンナとユキダルマン」という

まさかの去年の放送回を要求。

ただ、ユキダルマンならとにかく冬の日付を探せばいいので

さほど問題ではなかったが・・・。

(やきそばパンマンとかポッポちゃんとか、

季節関係ない人気キャラを言われると結構困る)

 

相変わらず、アンパンマンはアンパンチで

バイキンマンをやっつけている。

いつものことだ。

使いまわしなんじゃないかと思うくらい、

いつものアンパンチといつものバイバイキンなのに、

いつものことなのに、

あたしはなぜか泣いてしまった。

朝から、忙しいのに、そんな泣いている暇なんてどう考えてもないのに。

 

なぜだろう?

こんな風に、「困った!」と思ったら思ったとたん、

すぐにかけつけて助けてくれる存在が

急に頼もしく思えたからか。

・・・そもそも、そんな風に解決してくれる人なんていない。

そういうのを誰かに期待するのは危険だ。

かろうじて保っている自立が損なわれる。

しかし、この強がりが今日は崩れてしまった。

 

 

誰かが「アンパンチ」することで、

あたしのかかえてる問題が「バイバイキーン」と言って

遠く空のかなたにキラーンと消えていくことなんて

ある訳ないじゃん。

 

多分ある訳ないし、

そもそもアンパンマンのお話の中だって、

バイキンマンは必ず復活してくる。

 

アンパンチは根本解決ではない。

むしろ、暴力的だと言われ、巷では批判されてすらいるのだ。

 

分からないけど、泣くくらい感情が動かされてしまった。

「ああ、あたしは今、誰かに助けてもらいたいんだな」

ということなんだろうと思う。

 

育休明けに会社に戻ったら、

独身の先輩に無視されて仕事が進まなくなり、

上司に相談したが結局解決しなかった、ということがあった。

 

もっと遡ると、

中学生のときに同級生に無視されて、

どんどんあたしを無視する人が増えてきて、

このまま全員に無視されるんじゃないかという

どうしようもない危機感を、先生に見て見ぬふりをされた時期があった。

 

 

「独身の先輩を100%悪とは言えない、

あなたも育休取ったんなら最大限下手に出るべきだ

コミュニケーション能力で解決を」

とか、

「いじめられる側にも問題がある、

先生は中立的立場を取るべきだし

子供のけんかに過剰に介入すべきではない」

とか、

もっともらしい意見を言われると、

「そうです。あたしの頑張りが足りません」

としか言いようがない。

 

だけど、実際は

「あのお局、みんな嫌ってるよ。

アルツハイマー入ってるからw」

とか、こっちが「いやいや、それは言いすぎですよww」

と言ってしまうような暴言で慰めてくれる人が、同じ部署にいたのだ。

 

今思うと、あれは言葉の暴力でしかないが、

そして、まったく問題の解決にはなっていないが、

あたしが嬉しかったし救われたのは、まぎれもない事実。

 

アンパンチで暴力的に救って欲しい、

という欲求は、それほど間違っているのだろうか。

 

よっっっっぽど、コミュニケーション能力に長けてるか、

さほど困ったことが起こらない平和な生活をしていれば、

そりゃあ、「助けてもらいたい」とは思わないんだろう。

 

実際に暴力で解決する反社会勢力に助けを求めたら厄介なことにはなるが、

そういう欲求はある、ということは認めるのは悪くないかもしれない。

 

 

 

あたしが今朝、旦那にも子供にも気づかれないくらい一瞬だけ、

ほほをつたう一筋の涙を、鼻をかむふりでごまかしたのは、

ここだけの秘密。

 

まさかのアンパンチに気づきを与えられ、

1日が始まることとなった。

 

 

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