自分より「不幸」な人の事情を背負うと・・・?

よく、「上を見たらキリがない」と言う。

器量、能力、年収。

旦那さんの能力。

実家が近いか近くないか。

ほんとキリがない。

二人目をなかなか授からなかった時、そんなことをよく考えた。

周りにどんどん二人目が出来ると焦るし、妊娠報告を素直に喜べない自分にも気づき、嫌な気分にもなる。

「おめでとう! 自分の事のように嬉しい!」なんて言ってる他のママを見てたら、「何それ、ほんとかよ・・・ウソでもそんなこと言えない・・・」と思った。

なので自分が二人目妊娠して報告したら、みんな喜びのコメントをくれて、今までそれができなかった自分がちょっと情けなくなった。

二人目を妊娠したところで余裕が出たのか、今までのあたし自身の「焦り、もやもや、嫉妬心」にも少し向き合う事ができた。
二人目を妊娠する前に気づければ、もっと悟りとしてはホンモノだったかもしれない。

自分より「不幸」な人の事情を背負うと・・・?

「電車でのマタニティーマーク問題(妊娠できたことを自慢してると取られる可能性がある)」とか、不妊治療している人への配慮とか、なんだかこれって日本だけなのか、自分より「不幸」とされる人の事情をやたらと背負う風潮がある。

冒頭で、「上を見たらキリがない」と言ったが、逆もしかりで、「下を見たらキリがない」のだ。

不妊治療での苦しみを口にして、「子供なんか見たくもない、話もききたくない」と嫉妬心をむき出しにしていても、そんな愚痴をこぼしている相手が結婚すらしていない同年代の同性で、「あんたは相手がいるだけいいよ、あたしなんて相手もいないんだから」と一蹴され、シュンとしぼんだ推定40代女性の2人組を見たことがある。

あたしも頭では分かっている・・・。「上」なんてない。「下」なんてない。
それなのに「上」をうらやましがり、「下」に配慮する。

不妊治療には不妊治療の苦しみがあり、未婚者には未婚者の苦しみがあり、二人目不妊には二人目不妊の苦しみがあり、女の子が欲しいのに三人連続男の子だったという人も、苦しんでいればその苦しみは存在するのだ。

そこで、自分よりも「下(と勝手に思っている)」の人に配慮して本音を言わないのって、「偽善」だ。
配慮した時点で「わたしはあなたを下だと思っている」と認めていることになる。

以下のリンクで、同じ意見を目にした。
結局「哀れんでる」から「配慮」するっていうのは、「哀れみ」自体が失礼で不要なもの。だから配慮も必要ない。

フィフィ、大島美幸の出産VTR批判に「日本社会の問題だよ」

不妊治療中の人が未婚の友人に愚痴ったっていいのかも知れない。
自分より「不幸(と勝手に思っている)」な人の事情なんて、結局思い込みなんだから、背負う必要はないのでは?
もちろん、前述の「不妊治療」の人と「未婚」の人のケースでは、愚痴を聞きたくないと未婚の方の人が意思表明したんだから、そこからは配慮せざるを得ないけど・・・。

結論としては、「先回りして自分への批判をかわそうとする」のって限度があるってこと。
それにどんだけ配慮したところで、文句言いたい人は文句言ってくるのだから、気にするだけ損というものである。

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