バイオリンは断念! ~子供の習い事が嫌な理由~

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娘が「プリキュア」の影響でバイオリンに興味を持ち、かれこれ体験だけでも2つの教室で2回ずつやらせてもらうという、なんとも贅沢な体験をした。

Jpeg

バイオリンを小脇に抱えて挨拶する娘

ちなみに、子供用のバイオリンは様々な大きさがあって、写真のものは「16分の1」。

はあ・・・しかし。

結局バイオリンは諦める事にした・・・。

バイオリン断念 ~子供の習い事が嫌な理由~ 

その1.子供のケツを叩いてまで練習させる気にならない
その2.土曜日という「親の休み」がつぶれる
その3.周囲との温度差についていけない

逆に、即効「やめる」と思ったわけでもなく、いいなぁと思った理由もある

憧れのバイオリン ~それでも子供の習い事が魅力な訳~ 

その1.「学校以外」のコミュニティに所属できる(スズキメソード)
その2.ピアノと違って場所を取らない
その3.親子一緒に何かをやり遂げた!というものが得られそう

断念理由1
:子供のケツを叩いてまで練習させる気にならない

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もちろんホントにケツは叩かないけど、とにかく親の「根気」がいる習い事だと思った。

まず、「レッスンは必ず親同伴」。これは3歳とか4歳だからという訳ではなく、小学校4年生の女の子にも、きちんと親が同伴していた。
家での練習についても親が報告していたし、参考教材のCDのトラックを合わせたり、再生スイッチを入れたりするのも親の役目。

教室によってはお父さんも来ていたけど、みんなスマホやビデオカメラで先生の演奏(見本)を録画したり、メモを取ったり、とにかく親の労力がすごい。

実は、「入学を見送ります」とバイオリンの先生に告げた時、「何か一つを続けることが大事」というアドバイスを頂いた。
もしかしたら、あたしのような覚悟の足りない親や、習い事を転々としている親たちを今まで散々見てきたのかもしれない。

そして、「毎日の練習がない水泳や体操や絵を勧めます」と言われた。
すごいよね、まさかバイオリンの先生に、体験レッスンの結果、続けないことをお伝えしただけで、「あんたどうせ無理だからもっと簡単な習い事にしなよ」的なアドバイスを頂戴できるとは思わなかった。
もしかしたらチクっと嫌味のこもった「捨て台詞」的なものを吐かないと気が済まないくらい、無料体験に来る保護者に苦労させられているのかしら?

バイオリンの先生が、水泳や体操や絵を「軽視している」とも取れる発言をしている事の是非はともかくとして、「親がそこまで見張る必要がない」という意味では、確かに「音楽以外のもの」を考えるべきかなと思った。

「練習に親が付き合わなくちゃいけない、しかも毎日」

先生に見透かされた通り、あたしが親として子供にバイオリンを習わせることを断念した、最大の理由である。

断念理由2
:土曜日という「親の休み」がつぶれる

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これを言ったらお前、何もできないだろうという、怒られそうな理由である。
でもホントにこれは重要である。

もしかして、「毎日の練習に付き合うのが嫌」という「理由1」の延長線上にあるのかも知れない。

保育園のお友達の中には、毎週土曜日に水泳を習わせている家庭があるが、

「旅行に行く週はちょっともったいない」
「こっちだって休みを削ってスイミングスクールに足を運ぶのに、『今日は行かない』とグズられるとヘコむ」

という話を聞く。

子供の習い事って、「土曜日をつぶしてでも娘がコレをやりたがっている! やっている姿を親のあたしも見たい!」というものをやらせるのが、【理想】だ。

この【理想】・・・もしかしたらものすごい「青い鳥」的な、探し始めたら最後、路頭に迷う結果が待ってるよな・・・?

毎週楽しい! 上達している! そんな風に毎分毎秒思える習い事が存在するなら、どんなにいいか。

そんなのは「甘い」としか言いようがない訳で。

・・・頑張っていても、実感できない日々もあるだろう。

「レッスン費」という「お金」を払い、さらには親の休みである「土曜日」という犠牲を払っているんだから、それに見合った対価=「楽しい」が欲しい・・・。
でも頑張るのは自分じゃなくて子供だからね・・・「こっちはお金払ってるんだから、100歩譲って上達しなくていいから、せめてグズんないで欲しい」とか思い始めちゃったらもう地獄である。

そういうのが分からないのも含めて「子供の習い事」なんだな・・・。

毎日練習に付き合うのが嫌なら、週1回のレッスンに付き合うのも、実は嫌なのである。

断念理由3
:周りとの温度差についていけない

とにかく既に始めている子達の「親のコミット感」がスゴイ。

要は、今まで挙げてきた理由「1(子供のケツをきちんと叩ける)」「2(休み返上)」のいずれも克服している親たちなのである。

初日の体験は、あたしが風邪でダウンしてパパに行ってもらったのだが、帰って来たパパは、玄関で靴を脱ぐか脱がないかくらいの時点で「俺はあれは協力できない」とはっきり言われた。
「周りの人たちとコミュニケーションを取るというカンジでもなかった。みんな一生懸命だからあの温度差についていくのは大変」とも。

うちは子育てに協力的な夫なので、逆に「習い事では協力が得られない」となると、夫の協力を当たり前としてきたあたしの負担はきっとかなり大きいだろう。
というわけで、あたし自身は周りとの差はあまり気にならなかったが、夫の協力が得られなさそうという点で一気に現実味がなくなってしまい、バイオリンを習うハードルが上がった。

・・・というわけで、もしこの記事を読んでいるママ(パパ)が、あたしが感じたこれらの障害

「子供の練習に付き合うのが苦ではないか?」
「親が子供をコントロールできるか?」
「休みがつぶれてもいいと思えるくらい魅力的か?」
「配偶者が協力的か?」
「配偶者が協力的でなくても、一人で頑張れるか?」
「これらの苦労を、高いレッスン費と楽器の買い替え代を払ってでも耐えられるか?」

・・・をクリアしているのなら、バイオリンは結構魅力が高いと思う。

一応、あたしが後ろ髪引きづられた理由も書いておこうと思う。

バイオリンの魅力
その1.「学校以外」のコミュニティに所属できる(スズキメソード)

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やっぱり最近の子育ての一番の懸念事項は、なんといっても「いじめ」じゃないだろうか??

本当に最悪の結果になって初めてテレビなどで実態を知る訳だが、後味も悪いし、自分の子の身にふりかかったら、正直あたしはどうしたらいいのかまったく分からない。

ただ、「学校」でいじめられるようなことになっても、「学校以外」のコミュニティが心の下支えや自信に繋がるような気がするのだ。

唯一の解決策ではないけど、あながち間違ってないとちょっと思っている。

もちろん、そのためには「学校以外のコミュニティー」にもそこそこの魅力がなくてはいけない。

今回体験させてもらった「スズキメソード」は、まあ入った訳ではないので本当のことは分からないけど、「コンクール」や「音大」などを目指すような場所ではないらしい。
だから、「競争」の場でもなさそうだし、それでいてみんな同じ方向に向いているのはとても良いコミュニティーだと好感が持てた。

「競争ではない、音大を目指さない」とは言ったが、実は「葉加瀬太郎」もこのスズキメソードで学んだというから、「音大目指していないからレベルが低い」という訳でも決してない。

後で子供が音大目指せるレベルになればその時考えればいいし、そうじゃなくても合同発表会に出たり、市民オーケストラに参加したり、自分のレベルでバイオリンを末永く楽しめそうという雰囲気があった。

「学校以外のコミュニティー」として選ぶには、あたしはスズキメソードはかなりの魅力があると思った。
全国に教室があるのも魅力である。

バイオリンの魅力
その2.ピアノと違って場所を取らない

これは自分自身の体験とも関係するが、あたし自身は、姉とあたしの2人姉妹で二人ともピアノを習っていた。

とにかく場所を取る・・・。
最近、あたし自身が「断捨離」(というか正確にはコンマリメソッドだけど)にハマっている手前、あの黒い物体がドカンと鎮座するのはちょっと見たくない。
大昔、ピアノを習っていた時の、ピアノを見るたびに「ああ練習しなくちゃ・・・でも嫌だな・・・」と思わされる記憶がよみがえってきそうだ。

バイオリンは、買い替えが必要とはいえ、なんかコンパクトに収まるのでピアノよりはスッキリしそうかな、と思っている。

ただ、コンパクトにしまえて「目にするたびに『練習しなくちゃ』と思わずに済む」なんてのを魅力の一つとして数えてしまっている時点で、もうお前諦めろと突っ込まれそうである。

バイオリンの魅力
その3.親子一緒に何かをやり遂げた!というものが得られそう

子育てに対する積極的な姿勢があれば、あたしはむしろ「親の参加」は理想的だな、と思った。

今は子供の意思を尊重したり、強要しない子育ての風潮があるけど、バイオリンの先生曰く、「そんなんでは何も成就しない」ということだ。

ある意味、「お受験」に近いものを感じた。とにかく「親がしっかりしないとダメ」という考え方だ。

そこまで「バイオリン」に価値を見出せるか?というところであたしはやめることにしたけど、「むしろバイオリンそのものよりも、親子二人三脚で何かを成し遂げたい」という願望は、「お受験」のような見栄が少ない分、バイオリンにこそ叶える要素が詰まっているかもしれないと思った。

まあお受験が見栄っていうのは完全なるあたしの偏見だけど。
(いい学校行ったからって将来安泰という世の中でもないし・・・となると見栄しか残ってないじゃんというのがあたしの根拠のない持論である)

あたしはまったく「お受験」に興味がないので、ちょっと共通点のある「バイオリン」にはもしかしたら親としては適正がないのかも知れない。

バイオリンは、3~4歳で始めないと「手遅れ」という見方もある。
もしかしたら始めるのは今がラストチャンスなのかも知れない。が、「手遅れ」って何が基準なんだろう?
音大に入る事? プロになること?

当のmiyoは、バイオリンを習いたかったんじゃなく、なんだか玩具として「バイオリンが欲しい」と思っているだけのようである。なので、もうやらないよ、と言ったら素直に納得している。

娘はバイオリンをやらない決断に納得したわけだが、親のあたしもここでしっかり決断に至ったプロセスを心に刻んでおかねばなるまい。

「習い事」は、「子供のため」と言いつつ、結局は世間の発信する膨大な宣伝文句に踊らされているだけの、「物欲の延長線上のもの」や「見栄」だったりするんだよね。

「3歳や4歳から始めないとバイオリンは意味がない」
という発想がそもそも、誰のどういう立場からの物言いなんだろう?

出会ったばかりの異性に「結婚する気がないなら付き合う意味がない」と言って決断を迫る人みたい、バイオリンって。

何故そんな早い段階から、あなた(=バイオリン)の為に人生の大半の時間を捧げます宣言をしなくちゃいけないんだろうか??

そもそも、プロにならなくちゃ全てのお稽古事は意味がないんだろうか。

プロを目指していないのだから、子供が小学生になってからやると言えばそれでいい気がする。
大人になってから始める人もいるわけだし。

バイオリンをめぐって、こんなにも考えを巡らすことになるとは思わなかった。
そろそろ子供を作ろうって決めた時よりも、相当悩んだ気がする。わは。

その後

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【GRIT(グリット)】
という本を、読む機会があった。

中国系アメリカ人の心理学者(女性)が書いた本だ。

生まれつきの能力よりも「続ける力が成果を生む」ということを、個人の信念とかではなく、科学的な証明(調査)に基づいて綴った本。

これを読むと「万年補欠の高校のスポーツ部」でも、続けること自体に価値があるということに、納得がいく。バイオリンの話に置き換えると、「プロになれないなら意味がない」という見方はやはり偏見で、バイオリンの結果がどうであれ続けることがその他の分野でも「一つの事を続ける力(グリッド)」として発揮される、という事になる。

何かをすぐ辞めた経験があると、後々企業などで雇用されて活躍する場合も、成果を出す前に辞めてしまう可能性が高い。
日本だと、まだそんなにすぐ辞める文化ではないが、アメリカだとすぐ辞めて次に行くので、1年ごとに職を転々とする人もいるんだとか。

かと言って、ただ続ければOKという訳ではなく、この本では日本の「根性で練習をダラダラ続ける」事への批判エピソードも紹介されていて、「意図的な練習」の重要さを説いている。

高校のスポーツ部が、いたずらに長時間練習を強いるのはスポーツそのものの能力を伸ばす事にも、続ける力(グリット)を伸ばす効果としても、疑問かも知れない。

「意図的な練習」は、一回につきどんなに集中できても1〜2時間が限度らしい。なので部活も、1日で多くても2時間くらいやって、土日休みにしても、子供達の「続ける力」は十分育てられるんじゃないかな?

しかも、この著者は「最低でも習い事は2年続けよう」と説いている。2年はある意味短いとも感じる。私は3歳から小6までピアノを続けたが、むしろ「続かなかったなあ」とさえ思っていた。

アメリカと日本では、どうも続ける事の捉え方が随分違うようだ。

でも決して「日本では続けるのは当たり前の価値観だから、この本から学んだことはない」ということではなく、「意図的な練習」という概念はとても勉強になった。

ダラダラ続けるのはやはり良くない。

きちんと専門家の元で「効果の実証された方法」を続けてみて、これ以上はやめたほうがいいと判断するまでに2年という基準があるのは良いかも知れないと思った。

バイオリンも、楽器をレンタルにして「気軽に始める。だけどやるからには期間を決めて一生懸命頑張る」という選択肢も無きにしも非ずだったなぁ。
今更、それはないけれども。