4人目のプリキュア考察

娘のmiyoが、「プリキュア」にハマるあまり、1週間に1回だけ30分供給されるだけではものたりなくなってきた。

保育園のお友達で、「歴代プリキュアを全部見た」と言う猛者を見かけたが、ついにうちも過去のプリキュアデビュー・・・。

見ているのは「フレッシュプリキュア」である。
旧作は100円で借りられるのでありがたい。いまさら見ている競合もあまりいないので、いつでも借りられる・・・

とおもいきや、miyoがちょうど見たかった回が借りられている!
予約したりするのもわずらわしいので、4人目のプリキュアである「キュアパッション」が出てくる回を先に借りてしまおうとういうことに。

4人目のプリキュアといえば、現在放送中の「プリンセスプリキュア」も、敵だったトワイライトが改心して「トワ」になり、「キュアスカーレット」になっている。

過去のプリキュアである「フレッシュプリキュア」にも、イースという敵の女の子がいて、その後、イースという姿は捨てて「東せつな」になり、「キュアパッション」になっている。

プリキュア全体におけるフォーマットなのか、たまたま「フレッシュ」と「プリンセス」のフォーマットが同じなのかは分からない(この二つしか見ていないので)。

この二人に共通しているのが、「敵だった頃の行いに対する罪の意識」である。

せつなは、生まれた頃から敵側に属していた。言わば生まれながらに洗脳されていたところからの常識の転換が起こっている。
一方、トワの方は幼少の頃とはいえ「騙されて」途中から敵側に汲みいっている。とてもかわいそうだが、つけいるスキを与えて自分が騙されてしまったことも含めて反省しやり直しを迫られている。

というわけで、トワの方がひとつ、反省する行動が多いのである。

子供に何かしらの「学び」を与えることができるのだとしたら、何かに洗脳されて騙されたとしても、被害者意識で終わるんじゃなくて、4人目のプリキュアのように、なんとかそこから立ち直ってくれということだろうか。

あたし自身、両親が新興宗教出身で、成人するまで割と世間の常識から外れたところで生きてきた。
なので、ちょっとイースには感情移入してしまう。
正直、敵側の仲間であるサウラーが「ラビリンスに生きたものが外で生きていけるはずがない」という台詞を言ったとき、同じようなことを本当に言われたことがあるので失笑してしまった。
その後、アホらしいと思われるかも知れないが涙が溢れて来て、どうしても子供と一緒にアニメを見続けることができなかった。

プリキュアがアニメのくせに重たいのか、それともあたしの人生が現実のくせにライトノベルなのか。

あたしと同じ新興宗教出身の元信者のブログをたまに見かける。
どちらかというと大人になってから入信して、その後脱退している人が多い。

あくまで個人的な印象だがそういう人のブログは「被害者意識」が強い記事が多い気がする。

その人たちにはどうか、キュアスカーレットが非常にがんばっているので、アニメだと思ってバカにせず、その姿を参考にしてほしい。
どう見ても、4〜5歳の頃に騙されて記憶を消されて操られていたのに、「私は罪を背負って生きていく」と言いきる。

私は騙されていたのです、とは自分からは決して言わないのだ。

そしてそのトワを受け入れる他のプリキュアたちも、「笑っていいんだよ」「幸せになっていいんだよ」と核心に近い事を言う。

現実にはこんなに割り切れる訳ないのだけど、
折角こういう理想の姿をビジュアル化してくれている訳だから、試しにみる価値はありそう。

現実的には、ひとついいことがあった。
先日地元で開かれた「フリーマーケット」で、古いプリキュアのおもちゃが格安で出品されており、
うちのmiyoはフレッシュプリキュアのノートや髪留めなどを10円そこらでたくさん買ってもらって、非常に満足しているようだった。

昔のプリキュアは、なかなかの節約レジャーかも知れない。

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