学校に行けない我が子 親の気持ちを整理するための2つの質問【ホームスクーラー】

不登校実録

こんにちは、不登校小3娘を持つsayoです。

お母さん自身はどうしたいか考えてくださいね」という言葉で記事を締める事が多くなってきました。ところが私自身が娘の不登校半年〜1年までの頃を思い出してみても、相当ブレブレに迷っていて「母親の私も何が正解か分からない」という時期が長かったように思います。

そこで、親のあなた自身が不登校についてどう考えているか整理するための「2つの質問」をご用意しました。

不登校の親の気持ちを整理するための質問

では下記の2問を、早速答えてみてくださいね^^

Q1.自分の子供を学校に行かせるべきと思うか?

A.絶対行くべきだと思う

 補足:今は休んでいたとしてもいずれは行かせたい、行かせることがゴール

B.むしろ行くべきではないと思っている、今後行かせるつもりもない

C.どちらでも良い。行ってもいいし行かなくても良い

Q2.では、他の家の子についてはどう思うか?

(a).絶対行くべきだと思う

 補足:今休んでいる子も親は行けるように努力するべき

(b).むしろ行くべきではないと思っている

(c).どちらでも良い

 ※「それはその子の親が(a)か(b)かを決めるべき」という場合も、(c)にしてください

 ※よその子については考えたこともないという方も「c」にしてください。

2つの回答の組み合わせを覚えておいてくださいね。(例:「C-(a)」「B-(c)」など)

それでは組合せ別のあなたの考えを見てみましょう。

回答の組み合わせ別解説

A-(a)の組み合わせ「我が子も他の家の子も学校には絶対行くべき」

いまどき「全員が学校に行くべき」なんて、前時代的過ぎるかな?と思われるかも知れません。しかし多くの親は不登校などの問題が起こる前は当然のように「私たちも学校には行っていたし、子供も行くべき」と考えるものではないでしょうか。この考えから、だんだん他のパターンについても受け入れ始めるという場合が多いと思います。また、いわゆる出る杭が打たれがちで近所の目が気になる田舎気質な地域ほど、この考えから抜け出すのは難しいかも知れません。三世代同居などをしていると、祖父母はこの考えを変えるという発想すらない場合が多いでしょう。ちなみに、つい最近まで文科省はこの考え方でした(意外に思われるかも知れませんが、現在の文科省は必ずしも学校復帰を目指さなくて良いという通知を出しています)。

A-(b)の組み合わせ「我が子は学校に行くべきだが、他の子は来ないで欲しい」

「こんな謎の組み合わせはありえない」と一瞬思うのですが、実は私も「うちの子をいじめていた疑いのあるあの男の子さえ来ていなければ、うちの子は通えていたのではないか」と思っていた時期もありました。そうでなくても、「受験戦争や学歴競争に我が子をどうしても勝たせたい」と思ったら、実はこの組み合わせって一番理想的で合理的ではないですか? もちろんとても自己中心的ではあると思いますが(^^;)。このように考える親御さんが一人もいないとは言い切れないと思っています。・・・しかし現実的には、この考え方はあなたのお子さんの不登校問題解決のゴールにはまずならないでしょう。

A-(c)の組み合わせ「我が子は学校に行くべきだが、他の子はどちらでも良い」

他の子が不登校になったという話を聞くと「今の時代、学校なんて行かなくていいんじゃない?w」なんて言っていたのに、いざ自分の子供が不登校になったら慌てて「絶対許さない、布団から引きずり出してでも行かせる」みたいなパターンは意外と多い気がします。これは、もしかしたら「学校以外では教育を受けられない」という思い込みによるものかも知れません。もちろん学校に行ってくれれば親は安心ですし、勉強もさせている気になるものですが、「そもそも教育ってそんな一律の座学の詰め込み学習のままで良いんだっけ?」と深く考えれば、いずれは「他の子についてはどっちでも良いと思えるなら、うちの子についてもそう思えないだろうか」という視点に立てるかも知れません。

・・・ただ、学校が全部やってくれていた教育について、親自身が一から考えるのは大変ですけどね。そもそも、学校任せにしすぎていたと反省する機会になるかも知れません。

B-(a)の組み合わせ「我が子は学校に行かせるつもりはないが、他の子は絶対に行くべき」

自分の子供は特殊である」もしくは「我が子が特殊なパターンに巻き込まれてしまった」と思っている場合はこう考える親はいるかも知れません。例えば「お子さんが特殊なサポートが必要な性質がある」、「いじめられてしまった」というパターンが当てはまります。しかし、他の子については「行くべき」と考えるということは、やっぱり基本的には学校に行くことは義務であると思っている価値観が伺えます。もしかしたら自分の子供だけ過度に特殊扱いしている可能性もあります。(でなければ、他の子については(c)のどちらでも良いを選ぶはずです。)もしくは、文科省の通知をご存じなく、学校は法律か何かで行かなくてはならないものだと思い込んでいらっしゃるだけかも知れませんね。

B-(b)の組み合わせ「我が子を学校に行かせるつもりはないし、他の子も行くべきではない

つまり「学校そのものに懐疑的」「学校は社会的にも害である」と決めつけてしまっている可能性があります。実際、いじめや学級崩壊などの問題を経験されて、それらを解決できない学校に失望されている親御さんかも知れません。そのお気持ちはよく分かります。しかし、それは裏を返すと「学校への期待値が高すぎる可能性」も考えられます。

B-(c)の組み合わせ「我が子を学校に行かせるつもりはないが、他の子はどちらでもよい

B-(a)に似ているようですが、他の子は絶対に行くべきとはしていない分、「我が子への特別意識」は少ないかもしれないですね。そして、「学校は人によっては良いかも知れないけど、少なくとも我が子にとっては害だったり危険な場所だったりする」「学校よりも良い選択肢をもう見つけているので未練はない」というお考えの親御さんかも知れません。よっぽどスピーディーに学校改革・教育改革が進んで、ウルトラミラクルに学校が魅力的になれば、「C:行ってもいいかも」という気持ちになるかも知れません。親御さんが所属学校の状況を見極めて危険だと判断し、子供を安全な場所で守ってあげている、行かないと決めることがより良い選択肢である自信をお持ちなのであれば、この選択肢はそのご家庭の不登校問題のゴールになりうると思っています。

C-(a)の組み合わせ「我が子は学校に行っても行かなくてもどちらでも良いが、他の子は絶対行くべき」

我が子については「どちらでも良い」と言いつつ、他の子は絶対行くべきと思っている方なんていらっしゃるのかな?と思ったのですが、もしかしたら「みんなはうちの子みたいにならないでね」というような罪悪感があるのかも知れません。だとしたらまずは、お子さんの現状を認めてあげて、なるべく早く罪悪感を手放していただきたいです💦。

もしそうでないなら、「B-(a)うちの子は行かせないけど他の子は行くべきの組み合わせ」との類似で、「我が子は特別」と思っている可能性がありそうです。いわゆる「ギフテッド」と呼ばれる天才児の親御さんはこういう考えになるかも知れません。ただ、それならC-(a)「他の子は行くべき」ではなくC-(c)「他の子についてもどちらでも良い」になるはずです。(a)の「他の子は絶対行くべき」と思う理由は、心のどこかで「うちの子のような天才児ならともかく、普通の子供は学校で教育しないとダメになる」と見下すような感情があるのかも知れません。(だとしたら余計なお世話だし嫌な感じしかしませんが・・・笑)もしくは単純に、既出である文科省の通知をご存じなく、学校は法律か何かで決められているから行かなくてはいけない義務があると思い込んでいらっしゃるだけかも知れません(だとしたら自分の子だけ特別に「行っても行かなくてもどちらでも良い」にはならなさそうですが)。その思い込みさえなくなれば、その方の考え方は「C-(c)」になるのかなと思います。

C-(b)の組み合わせ「我が子は学校に行っても行かなくてもどちらでも良いが、他の子は行くべきではない」

これは相当レアケースでどうにもひねくれていると言えるため、該当する方はあまりいらっしゃらないかと思います。ですが、考えられるとしたら「A-(b)うちの子は行くべきだが他の子は行くべきではない」と同様で、「あの問題児がクラスにいなければうちの子は行けたかもしれないのに」という悔しい気持ちがくすぶっているのかも知れません。ご自分のお子様だけが教育サービスを享受できていない不平等感から、いっそのこと他の子も同じように教育を受けないで欲しい・・・なんて気持ちになることもあるかも知れません。そのお気持ちも分からなくはないですが、やはりこの希望が実現することはないでしょうし、不登校問題のゴールや解決にはならないと思います。「学校以外の選択でも教育の機会は与えることができる」という希望をまず持つことと、努力と労力を覚悟していくほかないですが、もし今の親御さんにその気力がないのなら、まずは気力とエネルギーの回復が先決かと思われます。

C-(c)「我が子は学校に行っても行かなくてもどちらでも良いし、他の子についてもほぼ同様」

これは学校そのものの捉え方が随分やわらかい親御さんであり、前衛的な考え方である可能性が高いです。「うちの子も他の子もいろんな選択肢があっていい」と前向きに捉えているようです。それからよそのご家庭については「よそはよそ、うちはうち」「よそについてはその子の親が決めれば良い」と、いい意味で周りを気にしない姿勢も持てているの可能性が高そうですね。

子供が不登校になると「社会全体の問題だ!」と大袈裟に騒いで外部環境のせいにしたり、逆に「私が代表して解決しなくちゃ!」と変に使命感を持ったり、色々な気持ちの変化が訪れる場合があります。しかし、「あくまで我が子のことだけに集中しよう」「よそはよそ、うちはうち」「一つの答えじゃなくて、行っても行かなくてもそれぞれ幸せな選択なら良いのではないか」と思えることがとても大事なんじゃないかと思います。変に深刻に騒いだりもせず、「ポジティブ不登校です♪」と必要以上によく見せようとせず、淡々としていたいものです。フラットな状態が一番良いですね。

一方で、「もううちの子もよその子もどうでもいい」という意味の「C-(c)」ならそれは心配です💦 しかしいったん「どうでもいいや」と諦めて執着を手放した後、子供に良い変化があったり、親御さんご自身が変化していくというパターンも、あながちない訳ではありません。お子さん中心になり過ぎている場合は、いったん親御さん自身のエネルギーを蓄電することも大事。私がカウンセリングで言われたことのある言葉で救われたのは、「まあ、お母さんも甘いものでも食べて!」でした(笑)。早速言われた通り、カフェに行ってケーキセットを奮発して頼んで食べました。なんだか自分自身を抱きしめてあげたような「自分を大事にしている」実感が湧いてきたものです。そして自分を大事にできると相手(子供)のことも大事にできるようになります。もしあなたが同じような状況なら、是非試してみてくださいね^^(甘いものが嫌いならすき家の牛丼メガ盛りでも何でもOKです)

まとめ

いかがでしたでしょうか? 組み合わせ解説はあくまで例です。

「あなたの子を学校に行かせるべきか?」という問いだけでなく、「他の子についてはどう思うか」という質問を加えることで、いくらかは「客観的な視点」を持つことができます。そして、他の子についても過干渉に色々と意見を持ってしまう場合は、そこに「思い込み」や「被害者意識」が隠れていることも分かってきます。重要なのは「一つの正解はない、お母さん自身の答えは何か?」ということです。

ここに当てはまる解説がなかったとしたら、「いや、私はそういう意味ではなく、こう思っているんだ」という違和感が生まれるはずです。もし言語化できたらしめたもの! そういう意味でもこの2つの質問は、あなたの気持ちを整理する何かしらのお役に立てたのではないかと思います。

私自身は「必ずしも学校に行かなくて良いのでは」という結論に達しましたが、「絶対に学校に行かせるべきだ」とお母さんが思えば、それも私はそのお母さんの答えだと思って尊重すべきと思います。特に「学校に行かせるための復帰サポート」を利用する場合、その会社は成功率を大事にしていますから「やっぱり無理に行かせるのはやめた」と言って引っ込めた際に、トラブルになったり「親が引っ込めたんだから母数に含めない」と言い出す可能性はあります。その際、大事なのは「あなたたちに頼ってお金まで払ったのに全然ダメだった」と相手を責めないことです。相手もご商売でやってらっしゃるんですから。

それではまた別の記事でお会いしましょう!

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