イエナプラン教育をホームスクーリングに生かす方法〜心構え編〜

不登校実録

はじめに

こんにちは。小3娘(4月から新4年生)と自宅学習をしているホームスクーラー保護者のsayoです。所属学校に交渉して自宅で行った学習を出席として認めてもらっています。

「クラスジャパン小中学園」など通信制のフリースクールで出席を認めてもらう方法もありますが、我が家の場合はなんと学校側から「市販の教材で構いません」と言ってもらえました。お陰様で学費が月に数千円で済んでいるのはとても助かっています。

とはいえ監督責任がほぼ私一人にかかってきますので、教育方針の軸がブレブレだと大変です。私には教育者としての実績がないため、オルタナティブ教育の一つであるイエナプラン教育の方針を拝借して指針としています。

そこで今回は、イエナプラン教育の方針を簡単にご紹介し、それをどのようにホームスクールに転換しているかを記事にしたいと思います。

イエナプラン教育の方針とは?

イエナプラン8つのミニマム条件

下記の8項目はイエナプラン教育の8つのミニマム条件と呼ばれています。元々ドイツ発祥であったイエナプラン教育を、オランダに持ち込んだとされるフロイデンタールという人物がまとめたそうです。

①受容的思考に向けた養育(ほかの人々の存在や考えを受け入れるように子どもを育てていくこと)

②学校のあり方を人間的なものとし民主化すること

③対話の重視

④学校は経済・政治・宗教またはほかの利害やその団体の道具となるべきではないこと

⑤学校の真正性

⑥生と学びの共同体において共有された自立的な秩序に基づく自由

⑦批判的思考に向けた養育(自分で考え判断できるよう子どもを育てること)

⑧創造性の重視

オランダの個別教育はなぜ成功したのか イエナプラン教育に学ぶ リヒテルズ直子・著 2006年 平凡社

真正性とは?

真正性(しんせいせい)とは、英語ではauthenticity=ホンモノという意味だそうです。なんだか難しそうな概念ですよね。読み進めていくと「教育者は常に自分自身であれ、ありのままであれ」ということなのですが、この解説もまた抽象的で参ってしまいます。

これはどういうことかというと、「大人である教育者は、自分自身を役割や地位の影に隠してはならない。教育者といえど、間違うこともあれば、迷うこともある。子どもに間違いを指摘されたりしながら、自分自身が学ぶこともある。でも、それで良いのだ。そんな自分を信じて話しかけてくる子供に対して、自分を偽らずきちんと向き合うこと。」だということです。

イエナプラン教育においては、大人が授業を与える側で、子どもが授業を受ける側だという関係とは捉えていないんですね。「ホームスクールやるから出席認めて!とお願いして認められることになったのはいいけど、教育者として教員免許を持っているわけでもないし、ただ母親ってだけだし・・・」とブレブレな私にとって、この「真正性」の解説は、かなり肩の荷が降りた気分でした。別に間違えていいんだ、分からなければ一緒に学べばいいんだ、ということなんですね。

イエナプラン教育20の原則

こちらはオランダ・イエナプラン教育協会が公式の基本原則として承認した内容です。

A.人について

1.各人はユニークである。つまり、たった一つの存在であり、すべての子どもとすべての大人はそれぞれ、かけがえのない価値を持っている。

2.各人はその人がその人らしく発達する権利を持っている。その人らしい発達とは、次のようなものによって特徴づけられる。すなわち、独立性、自分で(批判的に)判断する意識を持つこと、創造性、社会的正義へ向かう姿勢。この権利は、人種・国籍・性別・性的傾向・社会環境・宗教・信条または障害の有無によって左右されるものでは一切ない。

3.各人はその人がその人らしく発達するために次のようなものと独自の関係を持っている。すなわち、他の人々、自然や文化について監督できる現実、および感覚によっては経験できない現実と。

4.各人は常に一人の人格を持った人間として認められ、可能な限りそのように待遇され、話しかけられるべきである。

5.各人は文化の担い手、また、文化の改革者として認められ、可能な限りそのように待遇され、話しかけられるべきである。

B.共同社会について

6.人は、各人のかけがえのない価値を尊重する共同社会を目指して働くべきである。

7.人は、各人のアイデンティティ(個性)を発達させるための場と、刺激が与えられる共同社会を目指して働くべきである。

8.人は、お互いの間の相違や変化を、公正と平和と建設性に基づいて受け入れる共同社会を目指して働くべきである。

9.人は、地球と世界空間を尊重しかつ注意深く守る共同社会を目指して働くべきである。

10.人は、自然資源と文化資源とを、将来の世代のために責任を持って用いる共同社会を目指して働くべきである。

C.学校について

11.学校は、関係者の、自立的で共同的な組織である。学校は、社会によって影響を受けると同時に、それ自体が社会に対して影響を与えるものである。

12.学校において大人たちは、先に示した人と共同社会についての原則を、自らの教育学的な出発点として仕事を行う。

13.学校で教えられる教育内容は、子どもたちの生の世界と(内的な)経験世界から、そして、<人>と<共同社会>の発達にとって重要な手段であるとみなされる、われわれの社会の中の文化資源とから、引き出される。

14.学校では、教育は、教育学的な道具を用いて教育学的な状況において実施される。

15.学校では、教育は、対話・遊び・仕事(学習)・催しという基本活動がリズミカルに循環する教育形態で行われる。

16.学校では、子供がお互いに学び合い助け合うという目的のもと、年齢や発達のレベルに違いのある子どもたちのグループが慎重に考えられた上で作られる。

17.学校では、自律的な遊びや学習が、指示されたり指導されたりする学習によって捕捉されながら、両者が交互に行われる。指示的・指導的な教育は、特に、レベルの向上を目的としている。これらすべての学習において、子ども自身のイニシアチブが重要な役割を果たす。

18.学校では、基本的な経験、発見、探求と共に、ワールドオリエンテーションが中心的な場を得る。

19.学校では、子供の行動や成績についての評価は、可能な限り、その子どもの発達の経緯から、また、その子どもとの話し合いを通じて行われる。

20.学校では、変更や改善は、普段のプロセスとみなされる。このプロセスは、行動と思考の守備一貫した交換作用を通じて遂行される。

オランダの個別教育はなぜ成功したのか イエナプラン教育に学ぶ リヒテルズ直子・著 2006年 平凡社

こちらの原則はオランダのイエナプラン教育校だけでなく、イエナプラン教育発祥地であるドイツにも逆輸入されたそうです。

ちなみに日本でも2019年度からイエナプラン教育校が開校されました。(長野県南佐久郡の大日向小学校https://www.jenaplanschool.ac.jp/)希望者が定員数を上回っていて、入りたくても入れないお子さんがいらっしゃるようですね。新幹線通学や、この学校に入るために移住してくるご家庭もかなりいらっしゃるようです。不登校を経験した我が家からしてみると、体力があってアクティブですごいな〜と感心してしまいます。なんというか、そこまで期待してお金をかけて通って子供が不登校になったら精神的ダメージがえぐそう・・・なんて思ってしまったり。とはいえ、そもそもイエナプラン教育は子どもひとりひとりの発達を大事にしますから、不登校にはかなりなりにくい仕組みではないかな、と思います。

建物は廃校を利用しているということですから、地域の町おこしとしては、かなり成功していると言えるのではないでしょうか。今後地方を中心に村おこし・町おこしを兼ねて良質なオルタナティブ教育を取り入れる学校が増えたら、日本の地方もげんきになるし、日本の未来も明るくなるし、一石二鳥で良いことづくしという気がします。

イエナプランの教育方針を家庭で実践することは可能か?

ホームスクーリングに当てはめられる部分

受容的思考や批判的思考、創造性の重視、対話の重視などは、「当たり前のようだけど実践は難しい、けれど、何度も意識すれば改善点がみえてくる」そのように感じています。子どもに「どう思う?」と聞いてみたり、「ママはこう思った(批判的思考で話す)けれど、そう思わないまた別のこういう考えの人もいるな(受容的思考)と思ったよ」と話すこともできます。そして、子どもと私も意見が違うこともありますから、それをお互いに受容しつつ、無理に同調しないという風に会話を進めていけばある程度実践できるのかな、と楽観的に考えています。

ただ、「子どもは一人の独立したかけがえのない存在」というのはよく聞く言葉だし頭では分かっていますが、親というものはついつい自分の思い通りにコントロールしがちです。この点は常に気をつけたいなと考えています。

気をつけるための行動として、私はホームスクーリングの授業の前にこの「イエナプランの8つのミニマム条件」の方を読み上げてから娘と学習を始めています。娘は「真正性」だの「共同体において共有された自立的な秩序・・」なんて硬い言葉を聞いて苦笑いしていますが、「要は、ママが知ったかぶりしないってことね」「自立自立って言うけどルールは必要だよね」とかいちいち解説したりしています。

また、「学校のあり方を人間的なものとし民主化すること」という項目は、「そもそも学校じゃないし・・」と飛ばしそうにはなるのですが、ホームスクールも学びの場という意味ではもちろん学校の役割を果たしているわけです。学校が人間的で民主化されるべきとはどういうことかというと、「人間的=家畜みたいに管理するのではなく、民主化=それぞれの意見を可能な限り反映できるようにする」と言うふうに解釈しています。

ホームスクーリングに当てはめられない部分

「イエナプランの8つのミニマム条件」にしろ、「イエナプラン教育の20の原則」にしろ、本当にむちゃくちゃ腹をくくればですが、試行錯誤しながらある程度までは辿り着けるのではないかな?と私はやはり楽観的に考えています。

しかし、「イエナプラン教育の20の原則」の14項目目「教育学的な道具を用いる」という点はあえてうちは外そうと思っています。

というのも、私自身が社会科や理科の教科書そのものよりも、日本の地理の知識は「桃鉄」で培ったものがほとんどだし、理科や宇宙の知識にしても「ドラえもん」が教科書代わりでした。そのため、必ずしも教育学的な目的を持って作られたものに頼って勉強しなくてはならないということでもないのかな?と私は考えています。(特に日本はアニメや漫画コンテンツが発達していて、コンテンツ競争が激しいことから、史実や事実を念入りに調査して製作された良質なものもたくさんあると思っています。あとは多少間違っていても興味が湧くことの方が大事かな、と・・・)

娘は不登校期間が長く心が弱っているということもあり、キャパシティーオーバーするとぷつんとやる気が切れてしまうため、教材を使った勉強は本人の意向で英語と算数しかやっていません。

ただ「ママがそんなに言うなら桃鉄ならやる」という感じですので、イエナプランの原則であるにもかかわらず、「教育学的な道具」というのは、外させてもらおう・・・という感じであえて破ることにしてみました。

私もHSP傾向があり、娘は確実にHSCだろうということで、我々2人はキングボンビーの嫌がらせには絶対耐えられないという変な自信があるのですが・・・。学校に行ってないことで、ああいった下品な冗談や、人を嫌な気分にさせる意図的な言動に触れる機会もないわけですから、それはそれで精神を鍛える材料にしてみようかな・・・なんて思っています。

まとめ

あくまで我が家がイエナプランをホームスクーリングに取り入れるとどうなるか?という事例としてご紹介させていただきました。

イエナプランが全てというわけではありませんが、モンテッソーリやサドベリーなどに比べると、まだ既存の学習方法との親和性は高いんじゃないかな?なんて個人的には思いました。

それではまた別の記事でお会いしましょう。

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