オランダ・イエナプラン教育から日本の教育に足りないものを学ぶ

不登校実録

はじめに

みなさんこんにちは。不登校/ホームスクーラーの小3娘を持つ保護者のsayoです。

今回は、オルタナティブ教育のひとつである「イエナプラン教育」を紹介したいと思います。

参考にしたのは「リヒテルズ直子著・オランダの個別授業はなぜ成功したのか イエナプラン教育に学ぶ」という本です。本書には、まずイエナプラン教育を採用しているオランダの小学校の様子が書かれています。

オランダの小学校では、先生が一方的に知識を教える時間は少なく、生徒たちは一人一人自席で違う課題をこなしていることが多い。教室の隅のコンピューターに向かっている子供もいれば、教室の外の廊下やホールの明るい窓のそばで、パズル感覚でできる教材に取り組んでいる子もいる。先生は教壇や黒板の前に立っているというよりも、席に座って勉強している子供たちの間を静かにゆっくり回りながら、必要に応じて小声でアドバイスをする程度。子供の質問に答えたり、よくわかっていない子供には、教室に置かれているさまざまな教材からその子に合ったものを取り出して、子供が自分の力で理解する手助けをしている。子供たちには不必要な制限はなく、先生が説明している時以外はトイレに行くことも許されている。かといって、ぼーっとしていたりおしゃべりをする子供はおらず、どの子も一生懸命課題に取り組んでいる。

リヒテルズ直子著・オランダの個別授業はなぜ成功したのか イエナプラン教育に学ぶ(2006年 平凡社)

小3娘に読んで聞かせたところ、「うらやましい!」と言っていました。(笑)

画一教育ではなく個別教育

日本の教育の問題点には「未だに点数競争・受験で順位を競っている」「ひとクラスの人数が多すぎる」「詰め込み・暗記式で実社会の問題の応用が利かない」など、色々な点が挙げられています。

そのなかの一つに「画一一斉教育」という、先生が教壇に立ち一方的に教えるというやり方への批判があります。教育が一方的なので生徒が受け身でしかなく、生徒の中に理解できていない子がいてもそのままになりがちだったり、逆に分からない子に合わせて先生がゆっくり教えるので勉強ができる子にとっては効率が悪い面などが問題視されています。

イエナプラン教育の最大の特徴は、最初に引用した通り、「画一一斉教育ではない」という点が挙げられます。

「マルチエイジ」3学年が同じクラスにいることで実社会に近い形になる

マルチエイジとは、日本で言う1、2、3年生が同じ教室で同じ先生のクラスに入って学ぶ仕組みです。ちなみに、イエナプラン教育では「教室」ではなく「リビングルーム」、担任の教師も先生ではなく「グループリーダー」と呼ばれます。

ひとクラスには5~6人からなるグループが5つありますので、クラスの人数は30名程度となります。決して少人数制とは言えません。

この1、2、3年生のクラスは1年後にどうなるかというと、3分の1にあたる3年生が4年生となるのでこのクラスからは卒業し、新しい1年生が入ってきます。1、2年生だった子供たちは新2、新3年生として同じクラスに残留します。

うちの子供は不登校なので、よくあるのが、「学校に行かないと社会に出た時にコミュニケーションの取り方が分からないのでは?」という心配を受けることです。しかし、「たまたま同じ年度に生まれた同じ地域に住んでいる子が集まり、1年間一緒にいる」という状況が、社会に出た時に再現されるか?と言えば、ほとんどされないと思います。せいぜい大企業に入社した場合の入社式や研修期間くらいですが、それですら全国のいろんな出身地から新卒生が集まってきますし、今はもう既に外国人学生の採用も増えています。そして研修期間が終われば、大企業とはいえさまざまな年代のひとたちと関わり、社外の人とも当然関わっていくことになります。そういう意味で、同じ学年の子とほぼずっと一緒にいる学校教育を受けていれば社会に出てからのコミュニケーションは安心かといえば、それはまったく違うのではと思います。(ちなみにうちの娘の場合は不登校とはいえ習い事は行っていますし、たまに学校の教頭先生やNPOなどとの関わりも持てますので、確かに不登校ではない子よりは社会との関わりは薄いのかも知れませんが、「社会の誰ともコミュニケーションを取ったことがない」というわけではないので色々言ってくる人たちには「余計なお世話너나 잘해라どうぞご安心を」と言いたいです・・・)

話を戻しまして、1年に3分の1が卒業し、3分の1は下の年齢の子供が補充される形のイエナプラン教育は、社会をほどよく再現していると言えます。

この設計は、年長者が年少者に教える学習で「与える側」も「与えられる側」も経験できるように、社会を意図的に再現されたものです。先生が全てを教えなくても年長者が年少者の学習のサポートをしたり、リーダーシップを取れるようになっています。

「ブロックアワー」グループリーダーからの指導はわずか15分

30名程度のクラスがあり、それが5グループに別れているとはいえ、グループの年長者が学習を主導するわけではありません。もちろん先生(グループリーダー)が新しい知識を説明する時間が設けられていますが、日本とは比べ物にならないほど少ないです。あるイエナプラン教育校の時間割例を見てみると、週に4回しかありませんでした。

手順はこうです。まず、「ブロックアワー」と呼ばれる時間割が1時間〜2時間ほどあるのですが、その時間に先生は同じ学年の10人をクラスの前の方に集めます。それ以外の学年の子は、自席であらかじめ用意した「課題」を行っています。(課題については次の項目で説明します)

新しい知識について、まずは10人に説明するのですが、その音量は食卓を囲んで対話をするくらいの小声で行われるそうです。そして、1回の説明で新しい知識について分かった子供は、自分の席に戻って自立学習をします。1回の説明でよくわからなかった子は、同じ説明を聞くために先生の近くの席に残ります。2回目を聞く子の人数は、その新しい知識の難易度やたまたま知っていたかまったく知らなかったかなどで変動するでしょう。仮に5名程度が残ったとして、もう一度説明を聞いて分かった子は、3回目は聞かずに自席に戻ります。

3回目の説明では、全員が分からなくても全員を席に返します。そして、どうしてもわからなかった子には後ほどその子の自席に立ち寄って学習を見てあげます。

先生は、新しい知識の指導で3回説明をしたら、次の学年の子供10人を前の席に集めて、その学年の子達に教えるべき新しい知識の指導を始めます。

このようにして、3学年分、3回分の説明をするわけなのですが、このやり方の利点は「分かっている子は分からない子のために時間を無駄にすることなく、他の課題に取り組んでいられること」。「わからない子は何度でも説明を聞くことができ、それでも分からなければ先生が助けてくれること」です。

1週間分の課題は先生との約束

課題とは、一人一人の生徒が「これをやります」と先生に約束した1週間分の学習計画のような形になっています。ちなみにこんな感じです。

「今週は新しいお話作りをスタートさせる」「国語の音読5ページ」「1週間で2ページ作文」「国語の問題集」「算数・ミニテスト」「地理の勉強(○○地方について教材2ページを読む)」「時間が余ったら算数の追加課題(パズル形式)」

そして、先生からのコメントに「効率よく素早く準備しましょう」などと書かれている場合があります。課題をより多くこなすためのアドバイスのようですね。もしかしたら、先週は準備の効率が悪く、課題を全部こなせなかったのかも知れません。また、「もし時間が余ったら算数パズルをやる」というような、その週に調整できる課題があるというのもポイントですね。

課題が忙しいので学校は静か

ちなみに、週に数回しか先生からの一斉教育(知識の説明)がなく、後は自由に勉強していると聞くと子供達同士がうるさくおしゃべりしたり走り回っているかといえば、この課題がほどよく設定されていて、子供たちは集中しないと課題を終わらせられないので、黙々と勉強しているそうです。著者によると日本の学校と比べても静かに感じたそうです。

ワールドオリエンテーション

本書では「もし北極旅行に行ったら」という状況を想定して2週間のオリエンテーションが実施されている光景が紹介されていました。このオリエンテーションは「社会科」や「理科」など科目が限定的ではなく、科目超越的に学ぶことができます。このケースでは、「北極へ行く準備」「北極で過ごす期間」「北極から帰ってきたら」という三つの状況を想定して学習していました。

最初の時間はグループリーダーが中心となって子供たちに地球儀を使って北極の位置を説明したり、オランダはどこになるのか、地球儀の方角はこうだけど実際の教室の方角はこうなっている・・という説明を聞いたり、方位磁石を工作もします。

次の時間では実際に北極に行くためのルートや交通機関を調べたり、通過する国家の情報や言語、通貨まで調べたりします。また実際に北極に行くとなったらどんな機関になんの書類を提出するのか、泊まる場所や食事はどうするのかを調べます。北極の日照時間や気温についても調べます。

このような準備期間を経て、いよいよ北極に実際ついてからの再現をするために、学校の講堂など広い場所でテントを張り、北極にいるつもりで何日間か気温を測ったり雲の観察をするそうで、その際の役割分担もできます。

現地での滞在が終わると帰る準備です。お土産はどうするか、旅行記はどのように記録するか。ここまででも社会や地理、国際情勢、国語、理科の実験的なことなど、科目をまたいでの学習になっています。これがワールドオリエンテーションの一例となります。

先生が権威を振りかざさない

実は、この本をたまたま図書館で借りた時に日本の不登校事情について別の本(「いじめと不登校」河合隼雄著1999年)も借りたのですが、そこにはオランダの教育とはまったく異なった光景が書かれていました。

不登校のためフリースクールに通いでアットホームで過ごしていた子供が、通学定期を買うための書類が必要だったらしく自分の所属学校に行った際、先生のことをフリースクールでの習慣で「〜さん」と呼んでしまったそうです。

そうしたところ、先生はひどく機嫌が悪くなり、教育がなってない、礼儀がなっていないという理由から通学証明書を発行してくれなかったそうです。後で事情を聞いた保護者が改めて学校に出向き、証明書をもらうことはできたそうなのですが、この先生の態度はひどいを通り越して、逆に哀愁さえ感じてしまいました・・・。

「先生」と呼ばれないと権威を保てない日本の先生・・・もう20年以上前の事例なので、このような権威を振りかざしている先生が今は少なくなっていることを願いたいですが、保護者として話していても「あれ?この先生・・・」と思うような権威主義的な発言をする先生はまだまだいらっしゃるという気がします。

一方で、イエナプラン教育の教員たちは「自己診断のための手引き」という50項目以上からなる自らへの質問が書かれています。クラス全体を把握し全体の展望を持っていたか、曖昧な態度を取らなかったか、子供との約束を守ったか、積極的に子供たちと関わったか、子供たちに十分考える時間を与えたか、自分の指導法が子供たちの学習意欲を刺激していると感じることができたか、子供への注意が、長すぎたり短すぎたりしなかったか、飾らない自分で気取らない態度を子供たちにとっていたか、子供たちを放任したりしなかったか、などなど。

今や私は子供を無理に学校に戻さずホームスクールをやる立場となったので、前述の日本の先生が権威的で傲慢でイタイ人かどうかは、正直あまり関係なくなりました。それよりも子供の学習を自宅でやると決めた親として、自分自身が参考にできる項目が、イエナプラン教育の指導者むけの手引きにはたくさん掲載されていました。

子供の自信を喪失させる日本の学校の教え方は論外

本書(オランダの個別授業はなぜ成功したのか イエナプラン教育に学ぶ)では、オランダの学校風景と対比させて日本の小学校の風景も載せています。極端な例かもしれませんが一部抜粋します。

先生が子供を一人当てて、「103-58をどうやって解くか」を説明させている。当てられた子供はまず1の位の3が8より小さいので、10の位から借りてこなくちゃいけない、と答える。その次に、でも10の位がゼロだから、100の位まで借りに行かなくてはいけない・・ということがうまく説明できず口をつぐんでしまう。先生は微妙な表情を浮かべて「他に説明できる子は?」とクラスに聞く。するとほとんどの子が自分の存在を消すかのように俯いてしまい、恐る恐る手を挙げる子が少数。そして次に当てられた子が黒板の前に出されるが、やはり同じようにうまく説明できなかった。

この先生は一体、何をしようとしているのか。その子は紙の上ではこの計算を解くことができたかもしれない。算数の計算がわかることと、それを言葉で説明できる、ということは、まったく異なる能力なのに、「説明ができなければわかっていないも同じだ」というのは大人の言葉の暴力というものでしょう。なぜなら、子供はコミュニケーションの能力についてもまだ発展の途上、学びの最中にあるからです。説明が行き詰まった時にほかの子を呼んだ行為は、この子にとって、自信を喪失させる出来事だったのではないでしょうか。教育学的に見て逆効果であるし、子供の発達を促し支援することを目的としている学校では、可能な限り避けられるべきもの。子どもたちが「わかっていない」ことをできるだけ気づかれないようにする行為は、やっと発芽しかけた学ぶ意欲をはじめから摘み取ってしまうこと。わからないことを学ぶ機会を奪われた子供たちが、やがてなんのために学校に来ているのかわからなくなってしまい、生まれてから10年にも満たない年齢で、不登校や引きこもり、落ちこぼれになっていくとしても無理はありません。

リヒテルズ直子著・オランダの個別授業はなぜ成功したのか イエナプラン教育に学ぶ(2006年 平凡社)

まさにうちの子は10歳未満で学校に行かなくなりましたが、この文章を読み聞かせたところ「うん、こんな感じだったかも知れない」と教えてくれました。もしかしたら、不登校の理由は本人にもはっきりしていなくて、授業が原因ではなかった可能性もあり、このように本に書いてあったことと自分の曖昧な記憶とをすり替えている可能性はあります。しかし、そうだとしてもそうでなかったとしても、日本の画一的な教育は非効率なばかりでなく先生が生徒の自信を削ぐ場面が多々見受けられます。本当はきちんと教員免許を持った先生が教えてくれる学校に行ってくれることは親としては安心なのですが、どうしても自信を持って学校に通えないのであれば、もう致し方がないと思い、ここは学校には悪者になってもらおうと、私はこの部分を娘に読んで聞かせました。

日本の学校は不完全で問題も多く、特に教師の質には相当のムラがあります。そのような不完全な教育現場なのに、そこはなぜか無理にでも戻そうとしてしまいがちです。しかしその理由は、みんなと同じように学校に行くこと、はみ出さないことへの安心感を得たいからに過ぎないのですよね。もし娘の教育に関してもっと主体的になろうと一度でも決めてしまえば、過度に罪悪感を持つ必要はないと思います。

先生自身も知ったかぶりをしない

極め付けは、オランダと日本の交換留学プロジェクトに参加した、あるオランダの子供が日本の学校の先生にどういう印象を抱いたかという感想にあらわれていました。

「オランダの学校の先生は、生徒から質問を受けて答えられない時には「ノー、私は知らない」と言えるが、日本の先生は「ノー」と言えない」

イエナプラン校の先生は、「教員だって間違えることもある。間違いを生徒に指摘されることもある。その時は素直に間違いを認めて、ありがとうと言えばいい」と言うそうです。

イエナプラン教育の教員研修は、複数の教科に跨いだワールドオリエンテーションなどのカリキュラムを主導しなくてはいけないこともあり、日本の普通の教員よりも臨機応変さや創造力が求められるように思います。研修を終えることもかなり難しいそうです。また前述の「自己診断のための手引き」にもあるように、晴れてイエナプラン教育の教員になれたとしても、油断することなく常に自分を振り返らなくてはいけません。自分を振り返って反省することは時に辛いことのような気がします。しかしそこは「間違っちゃいけない、間違いは恥ずかしい」という教育を受けてきた日本人とは違うので、オランダの先生たちはもしかしたら自分の自信を下げずに素直に反省できるマインドが備わっているのかも知れません。

イエナプラン教育は、不登校・ホームスクーリングにはどう活かせるのか?

最後に、このイエナプラン教育をホームスクーリングで活かすには?という観点で思ったことを書きたいと思います。

まず、自立学習が多いというのはホームスクーリングそのもので、先生役の母親が新しい知識を説明する時間は1日に15分程度で良いこと、そして何よりも「先生(母親)にもわからないことがあると言っていいんだ」ということが堂々と言われているだけでもかなり肩の荷が降りました。時間割や課題の作り方も非常に参考になります。

足りないのは多年齢のグループ制度ですが、こればかりは仕方がありません。3歳じゃなくて30歳離れている私が、なんとか多年齢の上の子の役割をすることになるでしょう。5歳下の妹にもゆくゆく参画してもらうつもりです。もちろん、私が参画できるならパパだってできますし、娘の様子が落ち着いたら他のホームスクーラーの家庭とも連絡を取ってみるのもひとつの案になりそうです。

それではまた別の記事でお会いしましょう。

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