子供の「頑張る発言」を信じてはだめ?

最近、いじめの問題で不安になったり心を痛めている親もたくさんいると思う。
ほんとにどうにかならないのかね・・・。

子供の様子がおかしい。どうやら暴力や嫌がらせを受けているようだ。
小学校高学年~高校という長い期間、一時か長期かという違いはあっても、誰しも通る道かもしれない。

その時、親が「大丈夫? 学校休めば?」と言ったりしても、子供が「大丈夫。自分で何とかする。頑張る」と言う場合があるらしい。
その「頑張る発言」を信じていたら、取り返しのつかない事になるということも・・・。

これは相当の落とし穴だ。

親としては、「頑張る」と言っている子供を逆に学校に行かせないなんて、まるで子供を信用していないような気がして迷う所だろう。

子供を自立させる事はいいことだから、頑張ると決めた子供をわざわざ守られた温室に止めておくのも気が引ける。

しかし、真面目になりすぎるのもどうか?

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お友だちと仲良くプリキュアダンス

嫌な人間と頑張って関わり続けるのって、消耗するだけだ。

今、あたしはふと、前の会社の上司のことを思い出した。
愚痴っぽくて、ずーっと人の噂話や文句を、就業中に話し続けているような人だった。
無能とは言わないけど、上司のかもし出す負のオーラのせいで、部署の全員が疲弊し、陰鬱な雰囲気の漂う職場だった。

あんな環境で「あたし頑張った」という達成感を味わえたか?と言えばは、正直、当時はストレスで消耗しかしていなかったし、今に活きている教訓も、ほとんど持ち合わせていない。
むしろあの職場を潔くきっぱりやめて、収入が減っても自由の多い自営への道へ進んだ、いわゆる「逃げた選択」を誇らしく思っているほどである。

いろんな考え方があると思うけど、「頑張ったからえらい、自立している」「逃げ出すのは卑怯だ、自立していない」というのは全然根拠がない。

「いじめが原因で学校に行かなくなると、教育を受けられない」
「いじめている側が教育の恩恵を受けて、被害者が教育を受けられないなんておかしい」

そんな意見もある。

ただ、事故やいじめの被害者になってしまった場合、学校や自治体とか、どこかに救済は訴える必要はあるかもしれない。
しかし、本当の救済を「他者から勝ち取ろう」として、いつまでも救済を待っていてもやりきれない思いだけが募って行くんじゃないか?
なんとか自分でも解決できる道を探して「独自で道は切り開くべき」だと思う。

以下のリンクは、父親が娘のいじめに立ち向かった記事。

中学男女24人『集団LINEいじめ』解決に立ち向かった父の奮闘実話

しかし、読んでいて「スカッ」としたかと言えば、あたしはまったくそんなことはなかった。

逆に、なんでこんな苦労をしなくちゃいけないのか? ・・・まったく分からなかった。

「道を切り開く」のは、加害者や学校に訴えることだけではない。
あたしは、中学校や高校が提供する教育にさほど価値を感じていない。

教育だけなら他で十分補える。
特に、様々な科目をやらされていた時よりも、大人になってから急に気になって中学の参考書などに手を伸ばした時の方が、頭に入ってくるし、理解も早い。

そもそも、社会に出てから「同年代の人間だけの人間関係の世界」がそもそも存在しないのに、なぜ学校で同年代との人間関係に苦労した事が役に立つのかまったく分からない。

大変でも、「子供に頑張らせる」のではなく、子供が大変な事になったら細かい計算は抜きに、まずは命を守る。
もしフリースクールや転校、通信教育などで、学校よりもお金がかかるようなことになったら、あたしは親はパートに出てでも収入を増やして割高でデモ代替の教育を受けさせて、子供を守るべきじゃないかと。

もしかしたら車を売らなくちゃいけなくなるかも知れない。習い事はやめさせなくちゃいけなくなるかも。
外食・旅行・新しい家電はあきらめなくちゃならなくなるかも。

おそらく、子供は子供で、環境を変えてもまた同じようないじめにあったりするかもしれない。
親も様々な犠牲を払って環境を変えたのに、また同じ事が起こったらかなり落胆するだろう。

でも、「1度逃げている」ことで「いつでも逃げられる」という文字通りの「逃げ道」を確保できたことが実感できるかもしれない。1度逃げて、もう1度同じような境遇になったら、それは何かしらの学びが潜んでいるのかもしれないが、かと言って「じゃあはじめから逃げなければよかったじゃん」という事ではない。

1度逃げた経験が生きて、「今度はもう少し頑張って、ダメなら逃げる」という気持ちで戦えるかも知れない。

子供の「頑張る」発言があったら、「ダメなら逃げるという選択肢もちゃんと持ってる?」って聞いてあげよう。

「頑張る」の裏に、「頑張るしか選択肢がない」という思い込みがあれば、そうじゃないことを示す。
そうしたらもう少し、救える命があるんじゃないか?

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