なっとうまんとふとまきくんと亡き父の思い出

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なっとうマンとふとまきくん。

アンパンマン苦行1年も過ぎると、この題名でだけで15分後の未来が先読みできる。

「最後は夕焼け空の下で、なっとう巻きを食べるんでしょ。

なっとうマンの納豆で、ふとまきくんがふとまきの納豆巻きを作ってくれるんでしょ。

それしか学びはないでしょ。

・・・とうか学びですらないでしょ」

しかし、違った。

ふとまきくんがどういう訳か「関西弁」で「わてはなんとかやで~」と言って
バイキンマンと戦っているあたりから、

「こ、これは「関西と納豆は相性が悪い」というステレオタイプの設定を
下敷きにしているな」

という予感が。

それを脚本家が意識しているかしていないかは分からない。

そもそも、なっとうマんはえんぴつぼうやと共演したときも、

「こんなネバネバしたもの食えるか~」とえんぴつぼうやに拒絶されている。

納豆は見た目やにおいで嫌われるので、

別のキャラクターと絡む時は、最初は嫌われるという設定が使われがちなのかもしれない。

しかし、今回は「関西弁のキャラクター(ふとまきくん)が納豆を知らない」という設定、
やはりどうも「関西人は納豆を知らない、食べない」という一昔前のイメージが
テーマとなっているように感じた。

あたしには「関西人と納豆」に、少しだけ苦い思い出がある。

というのも、あたしの父が関西、というか大阪のなんば近くが実家で、
あたしは大阪というものを父方の祖父母から教わり、
祖父母が他界してからは、父から教わり、
父が語る大阪は100%正しい情報だと信じていたのだ。

だって、実際そんな大阪の真ん中で育った人の情報が
間違っているとは思わない。

その情報の中の一つが、「関西に納豆はない」というものだった。

そして中学1年生のとき。

大阪出身の子と仲良くなったときに、
「大阪って納豆ないんでしょ?」と得意げに言ったら、
「は? 納豆くらいあるわ! あほちゃう?」と本気で起こられた・・・。

友だちに怒られたのもショックだし、
父が間違っていたのもショックだった。

それから父が語る大阪の情報というのは、
間違っているというよりは、
父が上京した18歳当時、
つまり1965年前後で止まっているということに
なんとなく気づき始めた。

もしかすると、なんばが大阪の中心というのも間違っているのかもしれない。

とりあえず、アンパンマンに関しても色々答え合わせはしていないが、
なんばが大阪の中心かどうかということも、特に今の今まで答え合わせはしていない・・・。

そんな昔のことを色々と思い出しているうちに、子供と観ているアンパンマン
「なっとうまんとふとまきくん」の回は、
やっぱり夕暮れの納豆巻きを食べる風景で幕を閉じていた・・・。

ちゃ~ちゃ~ちゃ~ちゃ~~~ん♪

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