アンパンマンは完全に忘れ去られる

娘のmiyoがアンパンマンを見なくなってから、もう1か月は経つかも知れない。

これはいよいよ、本当に卒業した。
そして、アンパンマンが好きだったことなんかすっかり忘れてしまった。

そんなことを実感する出来事があった。

よく、地元を走っているママチャリ。
たまに、「●●小PTA パトロール中」といった札がカゴに張り付けられていることがある。

おそらく、うちの地元だけじゃなく、全国的に流行っている防犯対策なんじゃないかと思うが。

通院している耳鼻科に自転車を停めているとき、隣に既に止めてあったママチャリに「パトロール中」の札を見つけ、娘のmiyoが「これなあに?」と、あたしに訊いた。

「これ、パトロールしてるんだって」

「パトロールってなあに?」

「え、パトロールだよ。知らないの?」

「うん」

……パトロールだよ、パトロール。本当に知らないの?

アンパンマンが「毎日休まずやってる」あれだよ。

アンパンマンの公式サイトに、「アンパンマンにお休みの日はあるの?」という質問が載っている。

http://www.anpanman.jp/world/qanda/index.html

そこには、「お休みの日はありません」と非情にも断言されている。

お休みがないなんて、もはや神である。

アンパンマンはどんどん神格化(?)して、もはやテレビシリーズではほとんど決まったセリフしか言わなくなっている。

いつもと違うセリフをちょっとでも言おうものなら、もはやアンパンマンらしくないと感じてしまうほどだ。

その決まり文句の中の一つ、「それじゃあぼくは、パトロールに行ってきますね」

パトロールに行ってきますね、パトロールに……

そのパトロールという単語が、miyoに浸透していなかった。忘れ去られてしまった。

とても物悲しい気持ちに襲われた。

あんなに、あんなにアンパンマンばっかり観ていたのに、アンパンマンが日ごろ何をしていたのかさえ、娘には残っていないのだ。

アンパンマンを見なくなってから、たった1か月ほどしか経っていないのに。

アンパンマン関連の書籍で、「アンパンマン離れ」とはやがてやってくる「親離れ」と酷似しているのではないか、という記事を読んだことがある。
子供たちは親離れをする前に、アンパンマン離れを経験していく。

つまり、子供は親離れや親への反抗期の前に、アンパンマンを卒業していく姿を伏線として親に見せているのではないかというのだ。

♪「アンパンマンは君さ~」

この曲の歌詞、実は子供に向けられたものではないのかも知れない。親であるあたしたちに向けられた「君」であるかも知れないのだ。

「いずれ君も、ぼくみたいに子供から忘れられるよ。あんなに子供に尽くしてきたのにね……」

♪「時は早く過ぎる 光る星は消える だから君はいくんだ ほほえんで……」

忘れられても微笑み続けるアンパンマン……尊敬するよ。

それにしても、子供ってなんて非情なんだ!

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